NLB-アリストテレスのエーテルおよび魂の否定
⭐️アリストテレスにおける魂の否定
アリストテレス哲学における「エーテル(αἰθήρ / aether)」概念は、
西洋科学史において天体を構成する「第五元素」として
長らく受容されてきました。
しかし、この通説に対して
アリストテレスの他の著作との矛盾や
近年の文献学的研究は根本的な疑問が投げかけられています。
以前のニュースレターでもお伝えしましたが、
アリストテレスが師プラトンの思想を
根本的に転倒させたこと指摘されています[1]。
アリストテレスは『魂について(De Anima)』において、
人間の心を「何も書かれていない白紙(tabula rasa)」と定義し、
生得的・不滅的な魂の存在を否定しました[1]。
この立場は、プラトンが『メノン』で示した
「無教育の奴隷少年が幾何学的真理を発見できる」という
魂の不滅性と先験的知識の証明と真っ向から対立します[1]。
もし魂がアリストテレスの言うように感覚経験にのみ依存するならば、
「真理」は相対主義に還元され、
すべての人間が平等に神的本質を持つという
プラトン的平等主義が否定されます。
アリストテレスの宇宙論が静的で非創造的であり、
「不動の動者」という神概念を導入しています。
この構図は、支配階級を不変の「天上界」に、
被支配階級を可変的な「地上界」に対応させ、
奴隷制を自然秩序として正当化するイデオロギーとなりました。
⭐️エーテル理論の文献学的問題
David E. Hahmは1982年の論文において、
「アリストテレスが失われた対話篇『哲学について』で第五元素を論じた」
という通説を批判的に再検討しました[2]。
Hahmは、この通説が主にキケロ(紀元前1世紀)や
ドクソグラフィ(後世の学説集成)に依拠しており、
アリストテレス本人の断片的記述には
明確な証拠が存在しないことを指摘しています[2]。
Paul Wilpertが25年前に警告したように、
失われた著作の再構成は
「我々自身が作り出した虚像にますます絡め取られる」
危険性を孕んでいます[2]。
キケロの証言はストア派思想の影響を強く受けており、
「天体=神的物質」という彼自身の宇宙論を
アリストテレスに投影した可能性が高いのです[2]。
また、後世のドクソグラフィは複数のアリストテレス著作を混同し、
魂の理論とエーテル理論を誤って統合した可能性があります[2]。
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