ガン
病因
正常細胞からがん細胞へ変態の直接の原因は、細胞内が還元状態(抗酸化状態)になることです。細胞内を還元状態にする最大の原因は、プーファやエストロゲンといったストレス物質の蓄積です。
これを拙著『ガンは安心させてあげなさい』を元にして詳述していきましょう。
細胞は過剰なストレスを受けると、それに対処するために膨大なエネルギーを消費します。この状態が慢性化すると、次第にエネルギ―源となる糖と酸素が欠乏してきます。
酸欠の状態、あるいは酸素の細胞内利用がブロックされた場合(一酸化炭素中毒やシアン化合物中毒)、糖は不完全燃焼を起こし、乳酸に変換されます(これが「発酵」です)。糖は完全燃焼すると前述したように、二酸化炭素に変換されます。糖の完全燃焼と不完全燃焼の違いは、エネルギー産生量が後者は前者の7%程度しかないことと最終産物が二酸化炭素と乳酸と違うという点です。
低酸素状態では、細胞から低酸素因子(HIF1:hypoxia inducible factor 1)というストレスタンパク質が放出されます。このストレス物質は、糖が代謝されてミトコンドリア内に入る際に必要とされる酵素(ピルビン酸脱水素酵素:PDH)をブロックすることで糖の不完全燃焼(=乳酸の産生)が起こります(Cell Metab. 2006; 3(3): 177-85)(PLoS One.2012;7(10):e46571)。
糖が消費されて乳酸となり細胞内に蓄積してくると、エネルギ―源を求めて体のタンパク質が分解されます。そしてタンパク質が分解されたアミノ酸であるグルタミンがエネルギ―源として利用されるようになります(Cell Cycle. 2016;15(1):72-83)。グルタミンも糖と同じく、代謝されて乳酸へと変化します。これを「グルタミノリシス(glutaminolysis)」といいます(Proc Natl Acad Sci U S A. 2007 Dec 4; 104(49): 19345–19350)。
このように、糖、酸素が不足した状態では、糖の不完全燃焼およびグルタミンの代謝によって、乳酸が大量に蓄積してきます。乳酸は細胞内に蓄積すると濃度勾配にしたがって細胞外に放出されます。このときに、同時に水素イオンを細胞内から引き連れていくため、細胞内はアルカリ性、還元状態になります(Front Immunol. 2016; 7: 52)。そのために、過剰にストレスを与えられた細胞内はアルカリ性、還元状態になっていきます。
ガンの周囲環境に蓄積した乳酸は、生命場を維持していく中心となるゴミ掃除役の白血球(マクロファージ)の食作用やナチュラルキラ―細胞(NK細胞)の働きを止めてしまいます(=これを一般的に自然免疫:innate immuneとよぶ)をストップしてしまいます(J Leukoc Biol. 2003 Apr;73(4):482-92)(Blood. 2006 Mar 1;107(5):2013-21)(Wound Repair Regen. 2003 Nov-Dec;11(6):504-9)(Wound Repair Regen. 2000 Sep-Oct;8(5):353-60)(Perit Dial Int. 1993;13(2):112-7)(Front Immunol. 2013 Dec 25;4:490)。また、乳酸はリポリシス(脂肪分解)を起こさせます(Basic Res Cardiol. 1989 Mar-Apr;84(2):165-73)。それによって血液中に放出されたプーファ(オメガ3)は、食作用(=生命場のゴミ掃除)を根本的に止めてしまいます(J Biol Chem. 2008 Jul 18; 283(29): 19927–19935)。これは「生命体の恒常性維持」(tissue homeostasis=morphostasis: モーフォステイシス)という基本設計を喪失してしまうという最も重大な問題を引き起こします。
その一方で、乳酸は局所に炎症を加速させ、ガンを増殖するシグナルを放出させます(J Immunol. 2009 Feb 15;182(4):2476-84)(J Immunol. 2008 Jun 1;180(11):7175-83)。また、後述する「還元ストレス」を引き起こすことで、ガン細胞に特徴的なグルタミンの利用( glutaminolysis:グルタミノリシス)を高めます(Cell Cycle. 2016;15(1):72-83)。さらにガンの増殖に必要な血流を供給するために、新しく血管を造生します(血管新生:angiogenesisという)。乳酸は最も強力な血管増殖作用をもっています(Curr Pharm Des. 2012;18(10):1319-30)(J Intern Med. 2013 Feb;273(2):156-65)。
乳酸は、生命場を維持するための掃除役を妨害する一方で、炎症を起こさせて生命場を乱すのですから病気の場(シックネス・フィールド)を形成する主要なファクターなのです。しかも、細胞内をアルカリ性(還元状態)にします。
このように糖・果糖のエネルギ―代謝障害(ミトコンドリアの酸素呼吸障害)、によって細胞内に乳酸、NADHなどが蓄積し、最終的に細胞内が還元状態(アルカリ性)になることを「還元ストレス」といいます。
プーファ(オメガ3&6)や一酸化窒素(NO)などは、ミトコンドリアのエネルギ―代謝(特に電子伝達系)を障害することで、細胞内に過剰に電子が渋滞して蓄積することで「還元ストレス」を引き起こします(詳しく後述します)。
また鉄、水銀、ヒ素、カドミウムなどの重金属もプーファ、一酸化窒素(NO)と同じくミトコンドリアの電子伝達系をブロックして還元ストレスを引き起こします(Interdiscip Toxicol. 2014 Jun; 7(2): 60–72)(Toxicol Sci. 2013 Jul; 134(1): 1–17)(Scientific World Journal. 2012; 2012: 136063)(Toxicol Appl Pharmacol. 2008 Aug 15;231(1):34-42)。これはミトコンドリアの電子伝達系で必要とされる酵素にイオウ基(サルファーグループ)が多いため、イオウと親和性の高い重金属やアルデヒド(プーファの自動酸化で産生)が結合して酵素の働きをブロックするからです(Curr Biol. 2014 May 19; 24(10): R453–R462)(J Biol Chem. 1997 Jul 25; 272(30):18515-7.)。
細胞内は健康な状態では弱酸性で構造・機能が安定しています。細胞内がアルカリ性になることがストレスとなって細胞は過剰に興奮状態になり、細胞の成熟から増殖へシフトしていきます。実際に増殖の盛んなガン細胞内は還元状態・アルカリ性になっています(Metabolites. 2016 Dec; 6(4): 33)。
ちなみに一般的にストレスは細胞・臓器の成熟を犠牲にして増殖を加速させます。
ガンも過剰なストレスによる正常細胞の変態(metamorphosis:メタモホシス)ですから、正常細胞と比較すると短命に終わるはずです。ガン細胞は正常細胞よりも機能が成熟していない細胞なのです。この細胞内の「還元ストレス」が契機となって「キャンサー・フィールド(ガンの場)」になる変化が連鎖的に起こります。
健康の場では細胞内は弱酸性でセットされています。しかし、細胞内の環境がアルカリ性に変わることで、細胞は安静状態から急に興奮・分裂状態に入ります。実際に、細胞はアルカリ性になるとタンパク質や遺伝子(DNA)合成をアップし、分裂・増殖の周期に入っていきます(Am. J. Physiol. 1984, 246, 409–438)(Cell 1985, 43, 653–657)。
細胞内還元状態では、あの危険な重金属がフリーあるいはキレート体の状態で放たれます(Chem Biol Interact 81 (1-2), 57-68. 1 1992)(Mol Cell Biochem. 1999 Jun;196(1-2):163-8)(Proc Natl Acad Sci U S A. 2002 Dec 24; 99(26): 16922–1692)(Antioxid Redox Signal. 2008 Feb;10(2):179-206)(Arch Biochem Biophys. 1986 May 1;246(2):501-14)(J Biol Chem. 1985 Mar 25;260(6):3275-80)。その重金属とは「鉄」です。鉄は生体内でフリー(あるいはADP-Feなどのキレート体でも)になると、還元物質(ビタミンCなど)と反応して「ハイドロキシルラジカル」という最も危険な活性酸素(フリーラジカル)の産生を触媒します(これをフェントン反応という)。この危険を回避するために鉄はフェリチンというタンパク質と結合させて格納しています。
細胞内が還元状態(アルカリ性)になると、フェリチンからフリー(あるいはキレート態)の鉄が放出されます。フェリチンから遊離した鉄はフェントン反応によってハイロドキシルラジカルを放出し、これがプーファと反応してアルデヒド(過酸化脂質、RCCs; reactive carbonyl compounds)を発生させます(Redox Rep. 2009;14(3):102-8)(Arch Biochem Biophys. 1995 Feb 1;316(2):909-16)。
これがいわゆる「酸化ストレス」の正体です。酸化ストレスとは、プーファとハイドロキシラジカルの脂質過酸化連鎖反応(触媒として酵素を必要としないので「自動酸化」といいます)でアルデヒド(RCCs)の発生が生命体にもたらすダメージのことを言います。
アルデヒド(RCCs)を産生する脂質過酸化反応というプーファの自動酸化は、還元状態で放出される鉄が必須です。実際に、鉄の利用をブロックする薬剤(デスフェラール)を投与すると、脂質過酸化反応を軽減することができます(Biochem J 1984; 218: 273–275)。
また還元状態で遊離させる鉄によってトリプトファン・ハイドロキシレースという酵素が活性化します(Eur J Biochem. 1999 May;261(3):734-9
)。この酵素はトリプトファンというアミノ酸から猛毒のセロトニンという物質を作り出します。セロトニンはストレスホルモンの一種で組織の線維化、細胞増殖などに関わっています。最近になって、セロトニンがガン形成の重要なファクターであることが相次いで報告されています(J Hepatol. 2017 Aug 24. pii: S0168-8278(17)32216-X)(Transl Psychiatry. 2015 Nov 17;5:e681)(J Biol Chem. 1996 Feb 9;271(6):3141-7)。現在、米国でもガンの治療薬として抗セロトニン薬が有望視されています(同じ製薬会社が一方では、セロトニンの脳内濃度をたかめる抗うつ剤を販売している)。
また、細胞内は弱酸性で通常の酵素などの働きがスムーズに行われています。
これがアルカリ性になったとたんに病気の場(シックネス・フィールド)→ガンの場(キャンサー・フィールド)を作り上げる立役者たちが出揃(でそろ)います。
まずは還元状態(アルカリ化)で活性化される酵素のトップバッターは前述した「低酸素誘導因子(HIF: hypoxic inducible factor)」です。低酸素、低血糖がもたらす還元状態で活性化されます(RNA Biol. 2017 Jul 3;14(7):938-951)(Cancer Lett. 2005 Dec 8;230(1):122-33)(Diab Vasc Dis Res. 2014 Jul;11(4):270-280)(J Mol Cell Cardiol. 2002 Aug;34(8):1063-7)。そして低酸素誘導因子(HIF)自体がさらに細胞内を還元状態(アルカリ性)にします。
この低酸素誘導因子(HIF)によって、以下の物質が活性化されます。
・アロマテース(aromatase)(Breast Cancer Res. 2013 Apr 8;15(2):R30)
・サイクロオキシゲネース( COX 2:cyclooxygenase 2 )
(Sci Rep. 2015 Jun 12;5:10020)
・アンジオテンシン転換酵素( ACE:angiotensin converting enzyme )
(Am J Physiol Lung Cell Mol Physiol. 2009 Oct;297(4):L631-40)
・炭酸脱水素酵素(carbonic anhydrase:↓CO2)
(Cancer Med. 2017 Jan;6(1) 288-297)
・グルタミン神経興奮毒性
(J Pathol. 2017 Feb;241(3):337-349.)
・グルタミンの異化(↑アンモニア)
(Clin Oral Investig. 2017 Jan;21(1): 211-224)
細胞内還元状態では、糖のエネルギー代謝の中心になる甲状腺ホルモンを分解する酵素(deiodinase:デイアイオディネース)が活性化します。そのため甲状腺ホルモンが働かず、還元状態では糖の完全燃焼が進みません(具体的には甲状腺ホルモンを分解して不活性化するデイアイオディネースIII型<D3>が低酸素状態で活性化する)(Eur Thyroid J. 2012;1(4):232-242)。
また、糖のエネルギー代謝の最終段階(ミトコンドリアの電子伝達系)で電子の流れをブロックする猛毒の一酸化窒素(NO)を産生する酵素(NOS: nitric oxide synthase)も還元状態では活性化されます(Mol Cell Biol. 2014 Aug; 34(15): 2890–2902)。
一酸化窒素(NO)は酸素と反応して活性窒素種(RNS: reactive nitrogen species)というフリーラジカルズになり、ミトコンドリアにダメージを与えます。その主作用はミトコンドリアの呼吸酵素(サイトクロームオキシデース)に強く結合して酸素への電子の受け渡しを邪魔することです(Free Radic Biol Med. 2002 Dec 1;33(11):1440-50)。
これによってエネルギ―(ATP)産生が障害されて、細胞(細胞の周囲環境:間質も含む)の機能・構造が維持できなくなります。一酸化窒素(NO)と同じく、ミトコンドリアの呼吸酵素をブロックする致死性物質があの青酸カリの成分のシアン化合物や一酸化炭素(CO)です。これが、一酸化窒素(NO)が“猛毒”と言われる所以(ゆえん)です。
一酸化窒素(NO)がシアン化合物や一酸化炭素(CO)より質が悪いのは、ピルビン酸脱水素酵素(PDH)をブロックして、糖のエネルギ―代謝をミトコンドリアの手前でもブロックすることです(J Neurochem. 2015 Apr;133(2):284-97.)(Biochem Soc Trans. 2014 Aug;42(4):1101-6.)(Free Radic Biol Med. 1999 Feb;26(3-4):379-87)。一酸化窒素(NO)は甲状腺ホルモンの合成もブロックしますので、糖の完全燃焼をさまざまな過程でブロックする正真正銘のシックネス・サブスタンス(sickness substance:病気の場の物質)です。
ちなみに、細胞内が還元状態(アルカリ性)になると、細胞内に蓄積している亜硝酸塩(nitrite)、硝酸塩(nitrate)が一酸化窒素(NO)に変換されます。化学肥料に含まれる硝酸塩の過剰な使用は、体内に蓄積すると恐ろしいことになるのです。
細胞の無秩序な増殖を触媒する酵素もオンになります。「アセチルトランスフェレース(acetyltransferase)」という酵素は、アルカリ性になると活性化し、とくに細胞内のタンパク質のリジンというアミノ酸にアセチル基を付け加えることで、タンパク質の性質を変えてしまいます(J Biol Chem. 2013 Oct 4; 288(40): 29036–29045)。多くのガンでこのような細胞内タンパク質の変性が認められています(Oncotarget. 2016 Aug 23; 7(34): 55789–55810)。ここに挙げた還元ストレスで活性化される物質(シックネス・サブスタンス:「病気の場」の物質)は、ほんの一部にしか過ぎません。
実際には、これらの物質はストレスホルモンであるコルチゾール、アドレナリン、アルドステロン,セロトニンやエンドトキシン(内毒素)などの炎症性物質などと相互に増強し合って、シックネス・フィールド(病気の場)を増強し、やがてキャンサー・フィールド(ガンの場)を作り上げていきます。
ガンは糖ではなく、脂肪中毒である
1950年代にドイツの生理学者ワーバーグ(Warburg:ウォーバーグ)がガン細胞の奇妙な代謝を発見しました。
通常、細胞は酸素がない条件で糖の不完全燃焼(発酵、解糖系)が起こります。ところが、ガン細胞では酸素があってもなくても強制的に糖の不完全燃焼が起こっていることが発見されたのです(Science. 1956 Aug 10;124(3215):269-70)(Science. 1956 Aug 10;124(3215):269-70)。
それをワーバーグは、ガン細胞はミトコンドリアにダメージが及んで機能しないからだとしました。ミトコンドリアは酸素を使用して糖を完全燃焼する場所です。ガンではそのミトコンドリアが機能しないから、糖は細胞質内で不完全燃焼されるしかないとしたのです。
糖の不完全燃焼は、みなさんもよくご存知の「発酵」と同じです(「解糖系」ともいいます)。通常は酸素がない条件で糖の不完全燃焼(発酵、解糖系)が起こるのですが、ガン細胞では酸素があってもなくても強制的に糖の不完全燃焼が起こります。
糖の不完全燃焼では、ミトコンドリアで行われる通常の糖の完全燃焼と比較して、7%程度のエネルギーしか得られません。
この効率の悪さから、ガンは成長・増殖のために盛んに大量の糖を取り込むとされてきました。まるで昔のアメリカ車のように同じ距離を走るにも大量のガソリンが必要ということです。これではガンは、燃費が極めて悪い細胞になります。
実際にガン細胞の糖の取り込み(解糖系、発酵)は、正常細胞の200倍にも達しますから、ガン細胞があたかも“糖中毒”のように見えるのは当然です。
しかし、ガン細胞の糖の取り込みは、エネルギ―産生目的ではなく、主に「脂肪新生(de novo fatty acid synthesis)」(あるいは還元物質の備蓄)に使用されていることが分かりました(Cell Metab. 2008;7:11–20)。「脂肪新生」とは、細胞が糖、アミノ酸、脂肪酸などを材料として、細胞内で脂肪を新たに作ることをいいます。通常、脂肪新生をする細胞は、肝臓、脂肪組織、授乳中の乳腺組織に限定されています(Nat Rev Cancer. 2007;7:763–77)。
ガン細胞は、アミノ酸のグルタミンも利用しますが、これも同様にエネルギ―産生目的ではなく、「脂肪新生」に使用されています( J Cancer Prev. 2013;18:221–6.)( Nature. 2011;481:380–384)(Nature. 2011;481(7381):385–388)(PNAS. 2011;108:19611–19616)( Pigm Cell Res. 2012;25(3):375–383)。
糖の不完全燃焼ではあまりにもエネルギ―効率が悪く、これではガン細胞の増殖・成長に支障を来します。そこでガン細胞は、糖が完全燃焼できないのであれば、糖、アミノ酸などをいったん脂肪に変換して、その脂肪をエネルギー源として燃焼しているのです。
実際の臨床試験では、ガンの兵糧攻めとして糖利用を遮断する2-DG (2-deoxy-glucose)という物質の投与でも、過半数(66%)はガンが進行します(Cancer Chemother Pharmacol. 2013 Feb;71(2):523-30)。
外科医にとっては、ガンは手術で摘出しようとすると出血が多いので繊細な注意を払わないといけない組織です。なぜ、ガン組織にメスを入れると出血が多くなるのでしょうか?
ガンは増殖が速い細胞のため、酸素や栄養といった食料の供給がなかなか追いつけません。とくにガン組織の中心部は酸欠状態になります。
この酸欠に対応するためにガン組織からある物質が放出されます。
その物質を「低酸素誘導因子(HIF-1: Hypoxia-Inducible Factor -1)」といいます。低酸素誘導因子(HIF-1)は、新しい血管を盛んに作って、ガン組織全体に栄養を行き渡らせようとします。これを血管新生(angiogenesis)といいます(Oncogene. 2015 Apr 23;34(17):2239-50)(Recent Results Cancer Res. 2010;180:15-34)(J Orthop Res. 2004 Nov;22(6):1175-81)。
ガンは、新しく作る血管のため、組織全体に微小な血管が張り巡らされます。しかも、この即席の新血管は脆い(もろい)ため、簡単に出血します。これが、ガン組織にメスを入れると、“出血の海”になる原因です。
さて、この酸欠状態でもたくましく生き延びるガン細胞。
新しい血管を作るだけではなく、ガン細胞内でのエネルギー代謝も変化させます。
ガン細胞が酸欠状態になった場合、前述した低酸素誘導因子(HIF-1)は新しい血管を造生するだけでなく、糖のミトコンドリアの完全燃焼をブロックします(Proc Natl Acad Sci U S A. 2011 Dec 6;108(49):19611-6)。
糖は細胞質で代謝されてピルビン酸になり、それがミトコンドリアでアセチルCoAとなります。このときに働く酵素(ピルビン酸脱水素酵素:PDH)を低酸素誘導因子(HIF-1)がダイレクトにブロックします(Mol Cell Biuochem 2010;341(1-2):149-57)。
そのため、ピルビン酸は仕方なしに乳酸に変換されます(そして乳酸もピルビン酸脱水素酵素をブロックする)。これを糖の不完全燃焼(発酵、解糖系)といいます。ワーバーグはガンでは強制的にこのような糖の不完全燃焼が起こっていると考えましたが、酸欠状態では糖の不完全燃焼が起こるのです。
糖の不完全燃焼は前述したように極めてエネルギ―効率が悪いので、増殖に多大なエネルギーを要するガンは他のエネルギ―源を探します。
ガン細胞は、酸欠状態では糖を材料としたエネルギー代謝から、アミノ酸(グルタミン)や酢酸を取り入れて脂肪に変換して、その脂肪を燃焼させてエネルギーを得る方法にスイッチを切り替えることができます(Nat Commun. 2013;4:2236)(J Biol Chem. 2013 Oct 25; 288(43):31363-9)(Cancer Res. 1953 Jan;13(1):27-9)。
その他に、ガン細胞は低酸素状態では脂質の取り込みを高めます。そしてガンの細胞内に脂肪を蓄積していきます(Proc Natl Acad Sci U S A. 2013 May 28;110(22):8882-7)(Cell Rep. 2014 Oct 9;9(1):349-65)。
この状態で、外部から供給される脂肪をブロックするとガンの成長を止めることができます(Nat Commun. 2016 Apr 5;7:11199)。
それでもガンは、外から取り込む脂質が欠乏してくると、今度は糖、アミノ酸(グルタミン、分枝鎖アミノ酸)や酢酸を取り込んで脂肪に変換します。(Cell Metab. 2008;7:11–20)( J Cancer Prev. 2013;18:221–6)(J Lipid Res. 2004 Jul;45(7):1324-32)(Nature. 2011 Nov 20;481(7381):380-4)(Nature. 2011 Nov 20;481(7381):385-8)(Nature. 2011 Nov 20;481(7381):380-4)(Nat Med. 2014 Oct;20(10):1193-8)(J Clin Invest. 2013 Sep;123(9):3678-84)(Cell. 2014 Dec 18;159(7):1591-602)(Cell. 2014 Dec 18;159(7):1603-14)(Cancer Metab. 2014 Dec 11;2:23)(Cancer Cell. 2015 Jan 12;27(1):57-71)(Pancreas. 2005 Mar;30(2):99-104)。これを「脂肪新生[de novo fatty acid synthesis]」と呼びます。
ガン細胞は、どのような代謝であっても最終的に脂肪を蓄積して、それを成長の糧(エネルギー、構成材料、保護物質)としています(Trends Cell Biol. 2016 Mar;26(3):190-201)。ホルモン感受性のない難治性の乳ガン( triple-negative breast cancer (TNBC) )も脂肪依存のため、脂肪の燃焼を止める治療が有効であることが分かっています(Nat Med. 2016 Apr;22(4):427-32.)。
ガンは“脂肪中毒”と言ってよいくらい、脂肪が大好きで、脂肪の備蓄を怠りません。したがって、ケトン食や高脂肪食(とくに高プーファ食)あるいは糖質制限食(コルチゾール、アドレナリンを分泌してリポリシスを起こさせる)はガンの増殖にとって、“最高の環境”を与えることになります。
ガン細胞が脂肪を合成(新生)して、それを燃焼させる(=エネルギ―を産生する)ということは、ミトコンドリアが機能していなければ不可能です。脂肪の燃焼はミトコンドリアで行われるからです。
これはワーバーグの「ガンはミトコンドリアがダメージを受けているため、糖を不完全燃焼(発酵)させる」という理論には合わない現象です。やはり、ガンは、糖の完全燃焼の経路を断たれている状況下で、さまざまな別経路を使ってエネルギ―代謝を維持しているといえるでしょう。
ガンは兵站(ロジスティック)が尽きないだけでなく、いかなる兵站であっても、それを戦略的に「脂肪」という備蓄に変える(脂肪新生)ことで、単に生き延びるだけでなく増殖していく能力を持っているのです。
このように、ガンは場の変化によって代謝を柔軟にスイッチすることができます。ガンは、環境に対して機能・構造を維持するエネルギーが不足している正常細胞が変化した自分の細胞です。生存するためには何でもする。これは生命の初期設定であると考えています。ガンだから柔軟な代謝ができるのではなく、エネルギ―が十分に確保できないから代謝を柔軟に変化させてガンへと形態変化(metamorphosis)しただけです。柔軟にエネルギ―代謝を変化させることのできなかった細胞はガンにもなれずに脱落し、死滅していきます。したがって、原因と結果をはき違えてはいけません。
いわば生き残りの精鋭部隊がガンなのですから、それに対して単純な“兵糧攻め”が功を奏しないのも当然です。
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